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2026.07.09

建築家インタビュー

インタビュー:平田晃久氏

a viewfrom the architectー 建築家の視点

大好きな虫を探して自然の中に分け入った幼少期が
建築を志す原体験とおっしゃる平田晃久氏。
生き物としての人間とその活動を捉える言葉が印象的で、
さながら生物学者のような語り口でした。
人口/自然の区分を超える建築のあり方についてお聞きしています。

平田晃久氏平田晃久氏

©Kenya Chiba

※本記事は「環83号(2022年発行)」の記事を一部修正のうえ再掲したものです。


「かがくしゃ」に憧れる
昆虫少年から建築の道へ。

田んぼや雑木林が身近にある大規模なニュータウンで育ちました。虫捕りに夢中な子どもで、科学者と化学者の区別がつかないながらも漠然と「かがくしゃ」に憧れていました。大学は生物学科を目指していましたが当時はバイオテクノロジーが流行し始めた頃で、自分がその道に入ると周りを気にせずどんどん突き進んでしまうような怖さを感じた(苦笑)。それで大学を受験する直前に「四角くて人工的で息苦しい建築ではなく、自然に近い建物を自分でつくれるんじゃないか」と思って建築に方向転換したんです。

大学の修土課程の時に伊東豊雄建築設計事務所で面接を受け、「また声をかけます」と言われていました。ところが全然連絡がなくて焦りが出てきた時に、伊東さんが審査員長を務める日本電気硝子さんの空間デザイン・コンペティションを知った。伊東さんの事務所に入るために、将来を懸ける気持ちで取リ組んだことを覚えています。結果、金賞をいただきましたが、それがきっかけで事務所に入ったわけではなくて。ちょうどコンペに応募した頃に、事務所から「アルバイトに来てください」と。金賞は関係ありませんでしたが、実はコンペの賞金があったから上京できました。不思議なものですね。

偶然のからまりが
起こりやすくなる基盤づくり。

伊東さんの事務所に入りたいという想いを強くしたのは「せんだいメディアテーク」のコンペ当選案でした。チューブで支えられたいくつかのスラブがあって、そのスラブごとに図書館・ギャラリー・スタジオなど異なるメディアのための場所が設けられていた。森の中がそのまま建築になったみたいで衝撃的でしたね。伊東さんは非常に鮮やかに「自然環境のような建築物をつくる」ことを提示されたけれども、ある意味、近代の建築が持っている強い空間の中で自然が展開しているようにも思える。僕ら新しい世代としては、そこを乗り越えるべきではないかと、空間が先にあってその中で自然を再現する発想法ではなく、もっとーから、まるで生き物が発生してくるように建築をつくることができないかと考えました。

Coil(東京都)Coil(東京都)

Coil(東京都)
©鳥村鋼一

桝屋本店(新潟県)

桝屋本店(新潟県)
©Nacasa & Partners

自分の設計方法を「からまリしろ」という言葉で表現しています。自然界ではわずかなきっかけで何かがからまって、そこにまた何かがからまって‥と繰り返しながら生態系の複雑な秩序が形成されていきます。たとえば、海底にあるデコボコした岩に海藻がからまって、からまった海藻に魚の卵がからまる。海藻は魚の卵の「からまりしろ」で、海底の岩は海藻の「からまりしろ」。人間の活動のための基盤をつくるのが建築であるとしたら、建築はほとんど岩や海藻と同じようなものではないでしょうか。

また、人間の日常生活・生命活動を上空から俯瞰すると、人間が地表面をモコモコ動く様子は微生物の働きのようで、人間の活動によって地表面が発酵しているように見えると思うんです。建築を生き物として捉えるのは喩えに過ぎないんじゃないかと言われることもありますが、人間が移動するとともに農耕をしたり都市をつくることで地面の状態がどんどん変化していくこと自体、生きているように思える。近代建築で空間という概念ができて、人間が建築をつくる営みが、大きな自然の一部としての営みから断ち切られた。「こういうカタチの建築をつくってやろう」と明確な意図を持って取り組むより、生き物の働きや営みに近い感覚でもう一度自然の側に戻すような建築のあり方を模索しています。

協働作業で発見される
多様な豊かさ。

伊東さんに声をかけていただいた陸前高田の「みんなの家」で、乾久美子さん、藤本壮介さんという非常に個性的な二人と一つの建物をつくることになりました。建築家同士の強い個性がぶつかリ合うと、うまくいかないことがあります。しかし陸前高田の場合は、地元の人たちがその建物を「何の目的で・どこに建てて・どんな場にしたいのか」というのを結構リアルにイメージされていて、建築の役割と共通の目標を明らかにしてくれたんですね。そこから一気にまとまりました。

仕事を始めた頃は、建築はひとりでつくるものと考えていました。また、与条件があり、それをクリアした上でより魅力的な提案をするのが建築家の仕事であるとも思っていました。ところが、最初から機能が決まっているのが建築の原型ではなく、何がつくられるのかも含めて全部一緒に立ち上がってくる‥ そういうことが理想的なんだと陸前高田で感じました。公共建築は特に、そこに集う人たちの意見を聞くことが理想的。伺十万人もの人口がいる街だとなかなか難しくはあるのですが、少なくとも僕らが住民に憑依したつもりで想像するより、街の人たちと混じり合って一緒に考えるほうがいいに決まっています。

太田市美術館・図書館のプロジェクトでは、車中心の生活で駅前の賑わいが奪われている、歩いて楽しい街を何とかして 取り戻したいという切実な危機感が市民の間で共有されていました。そんな背景もあり、ワークショップの形式で市民を巻き込んでみようと思ったんです。基本設計の期間が5ヶ月とこの規模の建物の割に非常に短かったこともあリ、ワークショップを終えてから基本設計案を仕上げる時間的な余裕はなかった。そこで、設計初期のスタディの段階からワークショップでオープンにし、その場で決めていくことにしました。一緒に考えるからライブ感があって楽しいし、行政の担当者、美術や図書の専門家など建物に関わるすべての立場の人が同席したので、決定事項に対して行政の担当者が敬意を持って受け入れてくれました。設計事務所で考えたものを持っていろんなところに根回しする手間が要らなかった分、時間短縮につながった面もある。延べ300人もの市民が関わったので大変でしたが(笑)。

太田市美術館・図書館
太田市美術館・図書館太田市美術館・図書館
太田市美術館・図書館太田市美術館・図書館

太田市美術館・図書館
©Daici Ano

いくつかのRCの箱とその周りを鉄骨のスロープがぐるぐる巻きついて美術館と図書館が混ざっていく基本構成は最初から変わっていません。ただ、箱の高さや置き方などのわずかな違いで、それぞれの人がそれぞれのおもしろい場所を見つける可能性が広がった。僕の言葉にすると「からまりしろが増えた」。建築家や設計事務所だけで考えたのとは全然違う豊かさが100人、200人の目を適して見つかるのはおもしろかったですね。

時代の断層・ノイズの共存で
新しいという概念を新しく。

古いものや既に誰もが知っているものでも、コンピュータで解析した膨大なデータが介入したり三次元の造形が介入したり、現在のテクノロジーがからまることでさまざまな時代の断層やノイズが入り込んで共存する。そんな風に新しいという概念を新しくしていきたいと思っています。

たとえば、木。材木を三次元技術で組み合わせて、これまでなかった有機的な編み物のような構造体をつくっています。前近代的な強い物質感を持つ木と現代的でクールな素材であるガラスを共存させて、もっと新しいことができるかもしない。省エネルギー基準が厳しくなっている社会で、透明な開口を増やしたいだけの理由でガラスを使うことに対しては、どんどん圧が強まるでしょう。一方で、いろんな活動がリンクしていくためには「見える」という視覚効果がとても重要で、これも圧になる。そういうまったく異なる二つの圧があるので、ガラスの建築の可能性はなくならないと思います。ガラスは透明であると同時に、面としてとても強い存在感を持っている。それをいいカタチで活かすことに興味があります。たとえば神宮前のプロジェクト*¹ では、ガラスが面として揺らいでいて周りが映り込むことによって、都市の中で海のような風景をつくろうと考えています。同時に面としての存在感を消すことが求められる時もありますよね。反射の度合いをコントロールすることで、まったく違ったインターフェイスにもなり得ます。

新型コロナウイルスについてはっきりと語れる段階にはありませんが、その前に東日本大震災があったことを考えると、困難というのはそこそこの頻度で起きうるということです。コミュニティ発生の起源には、ある程度の人数が集まって助け合わないと生命が脅かされるような危機感がある。危機に備えて持ちつ持たれつの関係性を良好に保っておくには、普段からどんな結びつきをつくっていくかが重要で、そこに建築空間が介在する余地がある。リモートが推奨されで情報空間への依存が高まっていますが、基本的には実空間の中で関わり合うことを抜きにして人間の集まりを語ることはできません。

リアルな空間での結びつきと、情報空間での結びつきのアクティブな関係は、コロナ禍で一気に加速しました。現在取り組んでいる新潟県小千谷市の図書館など複合施設のプロジェクトでは、まさに実空間と情報空間のからみ合いを考えています。情報空間というとすごくハイテクで未来都市のようなものが想像されがちですが、小千谷という3万5千人ほどの小さな規模の街が持つ歴史やのどかな風景が情報空間とからみ合った時に何ができるかを考える方が、より新鮮な可能性が拓けると思っています。

*1 神宮前のプロジェクト‥ 青森の三内丸山遺跡に隣接する美術館。2006年開館。


Profile

平田晃久(ひらた・あきひさ)
1971年 大阪府生まれ。1994年 京都大学工学部建築学科卒業。1997年 同大学大学院修士課程修了。1997~2005年 伊東豊雄建築設計事務所。2005年 平田晃久建築設計事務所設立。2015年~ 京都大学准教授。現在、同大学教授。2025年 イエール大学客員教授。

主な作品 「桝屋本店」(2006)、「sarugaku」(2008)、「Bloomberg Pavilion」(2011)、「太田市美術館・図書館」「Tree-ness House」(2017)、「八代市民俗伝統芸能伝承館」(2021)、「ハラカド」「小千谷市ひと・まち・文化共創拠点ホントカ。」(2024)
主な受賞 第19回JIA新人賞 (2008)、第13回ベネチアビエンナーレ国際建築展金獅子賞 (2012 共働受賞)、村野藤吾賞 (2018)、BCS賞(2018)、日本建築学会賞 (2022) など多数受賞。
主な著書 建築は響きのなかに現れる (王国社)、人間の波打ちぎわ (青幻舎)、 Discovering New (TOTO出版)など。

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